「逃げる」林由美子
Amazonの画面には出てないけれど、この本の帯のアオリがとにかくすごかったのです。
この疾走感、桐野夏生を超えてます!
例えれば「このイケメン、伊勢谷友介を超えてます!」とか「このシャンパン、ヴーヴクリコを超えてます!」みたいな感じで、あまりにもすごいものを超えちゃってないか?的な意味でのすごいアオリっぷり。そんな帯を書店で見てびっくりして、びっくりした勢いで、作家の名前もあらすじなどもロクにチェックせずに買って帰りました。で、気づくと宝島社のものでした。
宝島社は、私の大好きなVOWシリーズを出している版元さんですが、こちらから出てるミステリー(このミス大賞とか主催してるのでたくさんあります)、正直、あんまり相性良くなくて、読まずにいたんだけど…衝動買いしちゃったかなー。と一瞬どんよりしました。
だいたい、○○超えってあおられてても超えてないケースって多々ありますよね。お母さんの若い頃より美少女らしいよって噂される女優やアイドルの娘が2世タレントとしてデビューすると「超えて…ないじゃん!」的なパターンとか。まあ、超えてなくても○○の7がけくらいだったらまあセーフ、みたいなアオリなんだよね。
というわけで、桐野作品の7割くらい面白ければまあ許そう(偉そう(笑))と思い読み始めました。
お話は、会社をクビになった40歳の冴えない女性が、年下の男性と一緒に会社のお金を盗み社長の孫娘をさらい逃亡犯になる、というスピード感あふれるサスペンスです。ドラマにするなら、尾野真千子みたいな暗い目をした女優さんにやってほしいヒロインです。逃亡のパートナーになる男は綾野剛かな。
と、脳内キャスティングがはかどることからもわかるように、映像的で一気に読める1冊でした。桐野さんの重たくてドロッとした感じというよりは、乃南アサとか柴田よしきとか、あのへんの、女性の焦燥感をからめたミステリーに近い作風かな。唯川恵とか。…ただ、そのあたりの抜群の安定感があるベテラン女性作家さんと比べると、文章が時々荒くなったり、心理描写が雑な部分もあったのは事実。ただ、勢いで読みきることができるので、そのへんはまあ、アリ、な範疇かな、と。
導入部を読んでいて、逃亡犯のふたりが旅するようにあちこちを逃げまくる動きの激しい話になるのかな、と思ったんだけど…偽名を使い身元を探られないように街に溶け込んで普通の暮らしを営むシーンが多め。で、ちょっと親しい人ができたりすると、バレるんじゃないかと読んでいる側もドキドキです。実際、オウム真理教事件で指名手配されていた男女が同居して、何年もそうやって暮らしていたこともあったし、福田和子にしても、和菓子屋さんで働いてそこの主の内縁の妻みたいになってた時期は結構長かったし、そういう、犯罪者だけど逃げも隠れもせずに、自分じゃない振りを続けるっていうのがリアルな気がしました。
で、ふたりで一緒に逃亡してるわけなので、本当の自分を出せるのはお互いだけ。恋愛経験を持たない冴えない40歳の方は、年下の男を異性としてすぐに意識しちゃうし、彼は、それをわかってて疎ましく思ってる。だけど行動を共にするしかない、という、気持ちの通じ合わないふたりが、逃亡を通して、同じ風景を見て、同じ秘密を守るために必死になるうちに…という人間ドラマとしての側面も魅力的な1冊でした。ジェットコースターに乗るみたいな勢いで読める本を求めているときにいいんじゃないかな。